脳とコンピューターをつなぐ技術で麻痺患者の意図を文字に

 脳内に埋め込んだマイクロチップを通して、首から下がほとんど動かせない麻痺患者が文字入力により意思を伝達することができたとする研究成果が、米スタンフォード大学脳神経外科教授のJaimie Henderson氏らにより、「Nature」5月12日号に発表されました。そのスピードは、健常者のスマートフォンスマホ)での文字入力に近いものであったといいます。専門家らは、脳とコンピューターをつなぐブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)技術の開発における最新の成果だと評価しています。

 以前から、傷害や疾患により体を動かしたり話したりする能力が失われた患者が、できるだけ自立した日常生活を送れるようになることを目指し、BCI技術の研究が重ねられてきました。BCIの基本的な仕組みはこうです。まず、運動に関わる脳の領域に小さなチップを埋め込みます。チップを埋め込まれた人が何らかの動作をしようと考えると、対応する脳細胞から電気信号が発生し、それをチップが捉えます。捉えられた信号はワイヤーを介してコンピューターに伝達され、高度なアルゴリズムによって解読されます。それが動作に変換され、患者が意図した通りに補助デバイスをコントロールすることが可能になります。過去の研究では、BCI技術により、意図した通りにロボット義肢を動かしたり、コンピューターのカーソルを動かして文字を打ったりしたことが報告されています。

 こうした中、Henderson氏らは、「T5」と名付けられた研究参加者に関する研究成果を報告しました。T5さんは2007年に脊髄損傷を負ったことが原因で、首から下がほとんど動かすことができません。脊髄損傷から9年後、Henderson氏はT5さんの脳内の自発的な運動を司る領域(運動野)に2つのマイクロチップを埋め込みました。各チップには手の動作に関係する神経細胞からの信号を検出する100個の電極が組み込まれていました。

 2017年のHenderson氏らの研究では、T5さんを含む3人の四肢麻痺患者が、コンピューターのディスプレイに映し出されたキーボード上のカーソルを動かしてクリックすることを思い描きながら、意図した通りに文字を入力するスキルを習得したことが報告されています。T5さんは最終的に1分当たり40字、単語にすれば約8単語を入力できるようになったといいます。

 2017年の研究で基にした考え方がタイピング入力に近いものであったのに対して、今回の研究では手書き入力に近いアプローチをとりました。T5さんには、想像上の紙とペンで文字を1字ずつ書くことを思い描いてもらいました。これを、1文字につき10回繰り返すことで、それぞれの文字を書くときのT5さんの脳内信号を認識するようコンピューターのソフトウェアに学習させました。その結果、T5さんは、1分当たり90字、単語にすれば18単語をコンピューターで入力できるまでになりました。このスピードは、T5さんと同年代の人の平均的なスマホでの文字入力のスピードに近いといいます。また、オートコレクト機能を用いた場合の文字入力のエラー率は、提示された文章をそのまま入力した場合で1%以下、自分で文章を考えて入力した場合でも2%をわずかに超える程度であり、他のBCIと比べてはるかに低いものでした。

 Henderson氏は、「これは素晴らしい成果だとわれわれは感じている」と話しました。ただし、現時点のBCI技術は、いまだ研究段階にあると同氏は強調しています。研究論文の上席著者で、同大学電気工学教授のKrishna Shenoy氏も、「臨床的に使用可能なデバイスの完成がいつになるのかは、われわれにも予測できない」と話しています。

 BCI技術の開発に携わっている米ピッツバーグ大学のJennifer Collinger氏は、この成果を「重要な科学の進歩」と評価するが、その一方で、「BCIが実際に臨床に導入されるようになるまでには、さらなる研究が必要だ」とも話しています。