認知症の人のワクチン接種の意思決定支援の課題と実践・後編

今回、私が購読しています医療関係者向けサイトM3に国立がん研究センター東病院・小川朝生先生が投稿された記事の続編を記載させていただきます。

 

同意の取得、意思決定能力の評価はどのようにするのか
―意思決定能力の評価に必要な4項目

 今回のCOVID-19ワクチンの場合、接種を受ける人は、COVID-19に対応したワクチンであること、そのワクチンを受けるメリットとリスクについて理解・比較検討し、わがこととしてとらえていれば意思決定能力があると判断できます。

 意思決定能力は、①選択を表明する能力、②情報を理解する能力、③情報の重要性を認識する能力、④論理的に考える能力――から構成される。これは、選択肢が提示されている場合には、

①理解……本人が理解できているか
②選択肢の記憶保持……本人が判断するのに必要な時間、必要な情報を保持できているか
③比較検討……本人が選択肢のリスク、メリットを比較検討できているか、
④表現……本人が決めた内容を具体的に伝えることができているか

――を確認する作業となります(「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」参照)。

―「分かりましたか?」「はい」はNG

 どの程度の内容まで理解することが求められるかは、メリットとリスクのバランスで決まります(スライディング理論)。今回のワクチンの場合は、COVID-19に感染した場合に重篤になる可能性と、ワクチン接種に関連した副作用のバランスを考えると、高齢者の場合にはメリットが大きく上回ります。そのため、説明に際しては、あまり細かい点までは求められず、メリットとリスクの主要な点が押さえられていれば問題はないと考えられます。

 意思決定能力の評価は、本人がどのように認識したかを本人の言葉で直接確認することが重要です。具体的には、「今説明した内容について、どのように伝わったか確認をしたいので、あなたの言葉で理解した内容を説明して欲しい」、「本日説明した内容を、ご家族にどのように伝えますか」などと尋ねると、促すことができます(「分かりましたか?」「はい」の応答だけでは、意思決定能力の確認にはならないので注意が必要です)。

―意思決定能力が部分的な場合の「ベストチャンスの提供」

 COVID-19ワクチンを受ける人が認知症の場合、身体の状態や場所、時間帯、そして重要なことですが、支援者の情報の提供の仕方に応じて、意思決定能力は低下したり高まったりする可能性があります(意思決定能力は本人の認知能力だけではなく、支援者の支援能力も関連してきます)。

 リスク、メリットが十分に理解できていない場合には、本人が理解できるよう分かりやすい言葉で説明したり、重要な点を箇条書きで書いて示したりするなど、意思決定できるよう支援することが求められます(ベストチャンスの提供)。

 認知症の場合、意思決定が難しくなるのは記憶力の問題と思われがちです。しかし、認知症の場合、単に選択肢を記憶できないだけではありません。たとえば、

●複雑性の注意の障害:会話に注意を向け続けるのが難しい
遂行機能障害:今後の見通しを予想するのが苦手になる
●言語の障害:言葉の概念が崩れ、難しい用語の理解が困難になる

――など、認知機能障害の影響が複合的に効いてきます。そのため、本人がどのような点で理解が困難なのか評価した上で、本人の残存能力に応じた形で支援を修正しながら対応する必要があります(意思形成支援)。

―忙しい現場で「環境を整える」工夫

 忙しい臨床現場ではありますが、以下のような簡単な「話す・聞く環境を整える」工夫は検討できるかと思います。

●体調に配慮する
  > せん妄や意識障害がないことを確認する
  > 痛みや苦痛がないことを確認する
●説明の仕方を工夫する
  > 短く、具体的に説明する
  > ゆっくり説明する
●選択肢の提示を工夫する
  > 紙に書く
  > 比較のポイントを明示する
  > 絵や表を使う
●静かで集中しやすい環境を用意する
●本人の意向があれば、家族や信頼できる知人に同席していただく
●周囲を大勢で取り囲まない

―よくある事例とできる工夫

1) 「はい」「はい」とすぐにうなずく
 認知症の場合、本人が状況を理解しないまま、周囲に合わせる形でうなずくことがあります。うなずいたとしても、こちらが説明した内容を把握していないことがあるので、一度本人の言葉で確認することが重要です。

2)説明してもすぐに忘れてしまう
 説明内容を忘れてしまうとしても、本人が比較検討できる間記憶が保持できれば、意思決定能力がないとはみなしません。たとえば、紙に書いて繰り返し確認できるようにするだけで理解が格段にあがることはしばしばあります。また、説明内容を忘れる場合には、繰り返し説明することが重要です。説明を繰り返し、その都度本人が示す意向が一致しているならば、それは本人の意思と推定する有力な根拠になります。

―支援をしてもなお意思決定が困難な場合

 支援を行ったとしても、本人の意思決定が困難な場合には、まず多職種で支援できる余地がないかを確認します。そのうえで、なお意思決定が困難であると判断された場合には、多職種で意思の推定を検討することになります。

 意思の推定は、本人をよく知る支援者が集まり、本人の生活環境や他者との関係性、日常生活における意思表示や行動から読み取れる意思を広く収集し、合理的に推定される本人の意思を検討します。

 この場合に注意をしたいのは、支援者が集まって検討することは、収集した情報の事実と解釈をしっかりと分け、情報の確からしさ、新鮮さ、どれくらい適合するかを吟味する点です。しばしば、「私だったらこうする」「一般的にはこれがよいから」などの観点の話し合いになりがちですが、これらは「意思の推定」とは異なる点に注意が必要です。

認知症の人の家族は「あくまで支援者」

 特に医療における意思決定に関して、重要な点をいくつか挙げます。

 第一に、わが国においては、医療における代理は認められていない点が重要です。意思を推定する場合を含め、あくまで、医療者の好みと患者の選好は別であることを押さえておく必要があります。

 次に、支援する家族は、「認知症の本人の意思決定を支援する支援者」としての役割であること、医療者は家族が十分な役割を果たせるよう支える必要があることです。この中には、家族は、本人が、関連情報を理解し、選択肢を比較し、どれが価値観に沿う選択かを決定するのを助け、支える役割があります。

 家族の感染リスクを考えると、どうしても家族は「認知症の本人にワクチンを接種してもらいたい」という思いを持ちがちです。そのため、時に、家族と本人の利益が対立し、家族が本人に接種を迫ることも起こりえます。医療者は、家族と本人が対立するリスクがあることを認識しながら支援する必要があります。

―豪ではGLに「過度の圧力や強制」への注意を明記

 実際に、オーストラリアでのCOVID-19ワクチン接種に関するインフォームドコンセントガイドラインでは、患者は「過度の圧力や強制、操作がなく、自発的に決めなければならない」とわざわざ記載し、注意を促しています。意思決定支援で先行する国々においても同様の問題が指摘されていることは、認知症の人の意思決定支援の問題の深さを示していると言えます。

 上のガイドラインでは、「認知機能の低下を認めたとしても、ワクチンの接種に関する本人の希望や選好について話し合う事が優先される」ことが明示されています。どうしても、認知症の診断と、本人が自己決定できるかどうかが混同されがちです。たとえ、患者が最終的に意思決定することができないとしても、医療者は、少なくとも本人が理解をし、認識できるよう、ある程度本人の認知能力に沿った情報を提供することが重要です。

―英では家族が認知症の人の接種を拒否し、裁判所が介入

 一方で、認知症の人がワクチン接種を拒否する場合においても考える必要があります。意思決定能力のある場合はよいですが、意思決定支援を行ったとしても決められない場合、家族や支援者にとっては感情的に厳しいものがあります。本人がワクチン接種を拒否し、そのままのケアを望んでいる場合どうするのか。少なくとも接種を強制することは避けなければならないでしょう。

 他にも海外では、家族が認知症の人へのワクチン接種を拒否するという複雑な状況も起こっています。英国では、施設に入所する80歳代の認知症と糖尿病を持病に持つ女性に対して、家族がワクチン接種を拒否した事例があります。これは日本と異なり、医療における代理が認められている国で、代理人と支援者が対立した事例で、最終的には裁判所が「COVID-19ワクチンの接種が、本人の最善の利益にかなう」と判断し、代理人の決定をくつがえしました。

―人生の最終段階の場合にも検討が必要

 人生の最終段階の場合についても特別な検討が必要です。介護施設や入院している患者の中には、終末期や終末期に近い状態で、期待できる生命予後が数週間から数ヶ月の場合もあります。ワクチン接種の効果は、生命予後が数週間しかない場合には、その有用性が限られるものの、生活の質の高さ、快適さから、患者の意向、選好と比較検討することが必要です。

 たとえば、終末期の状態で、生命予後が数週間の場合、生活の質を改善するケアや介入以外の負担を強いる治療は受けたくない場合があります。ワクチンを接種することでの発熱や頭痛、吐き気などはせん妄などの病的状態を引き起こす場合があり、それがADL(日常生活動作)低下などの生活の質を招く可能性が考えられます。その場合には、感染リスクを最小限に抑えるよりも生活の質が重視されることもあるでしょう。

おわりに
―早く接種進めるための「同意の簡略化」「代理意思決定」に注意

 感染症に弱い施設入所者にワクチンを接種するということには、医療者に大きな圧力がかかるのは決してわが国だけではありません。介護施設にワクチンを届けるのは、労力と時間、費用がかかります。どうしても、早く接種を進めるために「同意手続きを簡略化させたい」、「(意思決定を)代理で済ませたい」という誘惑は海外も同じです。

 しかし、ワクチンはその地域の高齢者の自主性を重んじ、その人生を尊重する方法で使用されることが不可欠です。これまでも介護施設の入所者は、家族との面会制限のほか、医療へのアクセス自体が制限されるなどの悲惨な事態が生じています。ワクチン接種への意思決定を支援する場面でも、少なくともその繰り返しはさけなければならないと考えます。